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(005)「人を集め、地域を支える」梅本建設工業のはじまり

  • 5月23日
  • 読了時間: 3分

こんにちは!梅本建設工業・広報担当です。

本日は弊社の生い立ちと歴史についてお伝えします!


梅本建設工業の歩みは、創業者・梅本兵二「これからの時代、土木が発展していくだろう」という思いから始まりました。


まだ会社という形ではなく、個人で土木業を始めた時代。今のように人材募集の手段が整っていたわけではありません。仕事を始めるにも、まずは一緒に働いてくれる人を集めるところからのスタートでした。


創業にあたって、兵二は妻とともに近隣の知り合いや親戚筋を一軒一軒頼み歩いたといいます。「一緒にやってくれないか」「この仕事には、これからの地域に必要な意味がある」そんな思いを伝えながら、人の縁をたどって仲間を集めていきました。



やがて個人事業として始まった「梅本組」は、会社組織へと形を変えていきます。その際、創業期に集まってくれた人たちの中には、株主として出資してくれた方もいました。そしてその後も、土木工事の責任者として会社の発展に力を尽くしてくれたそうです。


梅本建設工業の歴史は、単に一人の創業者が会社を起こした物語ではありません。地域の人たちに支えられ、仲間とともに一歩ずつ形づくられてきた歩みでもあります。

創業期の中でも、とくに大きな試練となったのが、福野町上津地区で請け負った旅川の堤防工事でした。


工事の途中、大水によって何度も堰が切れ、水に浸かった田んぼの中でやり直し作業をしなければならない状況が続きました。小さな舟に乗りながら作業を進めるほどの厳しい現場だったと伝えられています。


その結果、工事は大きな赤字となり、人件費を支払うことさえ困難になるほどの状況に追い込まれました。親戚から多額の借金をして、何とかしのいだ時期もあったといいます。



今でこそ、建設業は道路や河川、橋、建物など、地域の暮らしを支える重要な仕事として広く認識されています。梅本建設工業も、道路や橋などの交通インフラ、防災・減災のための河川工事、教育・福祉施設などの建築工事を通じて、地域の暮らしに関わる事業を行っています。


しかし、創業当時の歩みは決して平坦ではありませんでした。失敗すれば生活に直結する。自然を相手にする仕事だからこそ、思い通りに進まないこともある。そんな厳しさの中で、創業者は会社を守り、働く人を守ろうとしていました。


兵二には男子がいなかったこともあり、働きに来てくれた人たちのことを「自分の子」だと言っていたそうです。社員を単なる働き手として見るのではなく、家族のように接し、苦しい時期も一緒に乗り越えていく存在として大切にしていました。


この「人を大切にする」という考え方は、梅本建設工業の原点の一つです。



創業期に集まってくれた人たちが会社を支え、苦しい現場をともに乗り越え、やがて会社の土台をつくっていく。そこには、仕事上の関係だけでは語りきれない強い絆がありました。


現在の梅本建設工業にも、地域に根ざし、人とのつながりを大切にする姿勢が受け継がれています。会社としての歴史を振り返るとき、そこにあるのは大きな実績だけではありません。苦労の中で築かれた信頼、仲間への思い、そして地域の未来を支えたいという志です。


梅本建設工業のはじまりは、華やかなものではなかったかもしれません。けれども、そこには確かに、今につながる大切な精神がありました。

人を頼り、人に支えられ、人を大切にしてきた会社。その原点があったからこそ、梅本建設工業は地域とともに歩み続ける会社として、今日まで続いてきました。


次回は、2代目の歴史についてお伝えします。



梅本建設工業では、

社会を支える「熱い思い」を持つ仲間を大募集しています!


詳しくはこちらからご覧ください。




 
 
 

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